学生リレーエッセイ

2021.10.18  <学生T(2021年10月18日)>

 今回の私のエッセイでは、「ゼミ」のお話をしてみようと思います。一般に、大学におけるゼミというと、特定の専門分野について少人数で学べる授業を指すようです。私は、大学生になるまで、目前に控えた「ゼミ」というもののイメージを曖昧にしか掴めていませんでした。ですが、実際にゼミに参加・活動し始めると、今まで受けてきた「講義」との違いをはっきりと理解することができました。
 高校生までの学生生活で受けてきた授業や、熊大法学部のほとんどの講義は、大きな教室で教員の先生が長年にわたって研究なさってきた分野のお話をされて、対する学生はそれを吸収するために必要に応じてノートを取る、という形式が多かったように思います。それにより、学生は学びの基礎となる知識を得るとともに、学部で今後学んでいくべき自分の興味の対象を見つけたり、広げたりしていくのではないでしょうか。
 それに対して、ゼミでは、指導教員の先生と、そのもとで同じ専門分野を学ぶことを選んだゼミ生とで、一つの組織を構成し、双方向でのコミュニケーションを取りながらより詳しく研究していくことになります。テーマを設定して、判例報告や文献輪読を行いますが、それは講義を受けるようにお話をただ聞いて受けとめて考えるだけでは足りません。ゼミを成り立たせるには、ゼミ生自身の主体的な学びへの意欲が問われます。問題について向かい合うゼミ生それぞれが意見を述べて議論を展開していくことで、考えを深めていくのです。
 そのために、仲間との共同作業を重ねて、時には先生からの指導・助言を頂きながら、学習していくために必要な力の修得が必要となることもあると思います。少なくとも私はそうでした。周りの人たちのありがたいサポートを受けながらも、必要な物事を調べる力、文章を書く力、そしてそれに説得性を持たせて話す力等々、判例報告その他作業に取り組んでいくうちにゼロから少しずつ向上したものと思いたいです。
 それに加え、大学3年次から私が所属したゼミでは、テーマ学習のための当事者調査・現地調査を計画に取り込んだ旅行や、エッセイの執筆など、広く見識を深める機会にも恵まれました。こうした実践を通じて、自分の目的意識や表現の幅を広げることができました。
 以上に述べてきたようなゼミの活動は、ゼミに参加しなければ得られない貴重な経験です。作った思い出や得られた力は、学生が卒業後の進路を決め、社会人として生きていくための大きな糧になりえます。ゼミの一員として過ごし、学習してきた成果の積み重ねが、大学生が大学という場で修めたことの集大成であり、またそれを生み出すことがゼミの意義でもあるのでしょう、と卒業間近になった今、考えているところです。