学生・教員リレーエッセイ

2016.02.26  <内藤 大海>

 ドイツに発つ数日前から、ある有名人が関与したとされる薬物事件がマスコミを賑わせている。実はこの事件について、僕はある種の違和感を感じていた。それは、この旅行の理由となっている研究を開始する際、漠然と感じていた問題意識と共通する。現段階では報道されている情報に頼らざるをえないが、現行犯逮捕に至る捜査過程は概ね次のようなものであったとされている。その有名人(ここではVとしておく)はかなり以前から薬物使用の疑い(以下、「嫌疑」とする)がかけられていた。そのため、24時間の行動監視が長期間―報道では1年以上とされている―わたり実施され、その間、Vが出したゴミやVが利用したホテルのリネン類が回収され、内容物や汗等が分析されるなどした。これらの措置の徹底ぶりは報道の通りであり、さらにその後詳細な分析にかけられたとされている。その結果、Vがある地方まで出向いて覚せい剤を入手し、それをホテル等で利用していたという嫌疑が固まり、家宅捜索(憲法35条、刑訴法218条)という強制捜査に発展したとされている。その際、禁制品である覚せい剤を所持していたため、覚せい剤所持の現行犯として逮捕されている(憲法33条、刑訴法212条)。
 報道によれば、Vは自白していて、事件は解決に向かって進み始めたという印象が強いのではないだろうか。結果としては(V自身のためにも)それで良かったのかもしれないと思う。ただ、捜査のあり方を考えたとき、やはり「違和感」は払拭されない。はっきりしたことは分からないが、長期間―報道では1年半以上とされている―に及ぶ行動監視、ゴミの収集・解析は、おそらく「任意捜査」(刑訴法197条1項)として実施されているのではないだろうか。つまり、通常逮捕(憲法33条、刑訴法199条)や捜索・差押えのように裁判所に令状を出してもらって実施したのではなく、警察が自ら適法性を判断し、令状を取ることなく実施しているのではないか(少なくとも実状を前提とすると、そのような運用が許されているはずである)。たしかに、1〜2日という比較的短い期間の尾行や、ゴミの回収であれば、わざわざ裁判官の判断を仰いで令状を出してもらうという手続きを踏まなくても、警察独自の判断で実施して良いだろう。1回ごとのプライバシーの侵害の程度は確かに低いからだ。しかし、塵も積もれば山となる。さすがにここまでくると、もはや捜査機関独自の判断で実施することにはある種の不安を感じる。
 「徹底した捜査」が「事件を解明」する。しかし、その一方で一定のコントロールも必要じゃないか。この「感覚」レベルのことをなんとか「議論」の俎上に載せて論じたいと考えていたとき、ドイツの教科書にこのテーマに関する数行の記述を見つけた。「すでにドイツでは、裁判所も研究者もこのテーマについて議論を始めているぞ。だったらドイツの議論が参考になるのではないか...」。いささか前置きが長くなってしまったが、これが、この旅行の調査目的である。
 ドイツ滞在期間に行った用務についてすべて触れるとなると駄文がさらに膨大なものになってしまう。そこで、この旅行のポイントとなる2人の研究者へのインタビューを中心にお話しすることにしたい。

Karsten Gaede教授/Bucerius Law School(Hamburg) 1
 
まずは、Gaede教授の訪問から話しておこう(最も近い音として「ゲーデ」さんとしておく)。ゲーデさんは僕と同じ39歳で、ブツェリウス・ロー・スクールで刑法と刑事訴訟法を担当する若手研究者である。数年前から親交があり、写真に写っているくまモンのメガネ拭きは10月に初来日した際にあげたものである。彼の研究室に着くや否や最初の挨拶は「Kumamoto Bär使ってるよ!」だった。

 学期末ということもあり、忙しくあまり時間が取れなかったことを謝罪されたが、今回は刑法各論の授業に招待され、傷害の罪、自由に対する罪の復習コマと、交通犯罪の初回の計2コマを聴講した。刑法各論のコマは火曜日に2コマ連続で入っており、最初の1コマが前回の復習用、次の1コマが当該テーマの最初の授業として位置付けられている。ブツェリウス・ロー・スクールは3学期制で1学期が10週ということだった。講義中、フロアからはひっきりなしに発言を求める挙手があり、ゲーデさんがこれに答えていく形で進行していた。もちろん、すべての挙手に応じることはできないので、授業後は学生がゲーデさんの周りに集まり細かな質問をしていた。その時間も加味した上でだろう。休み時間は20分あり、授業も幾分か早く終わった(教員裁量)。ゲーデさんは約1000ページにも及ぶ証人審問権に関する博士論文2を公表しており、僕はどちらかというと刑事訴訟法研究者というイメージを持って接してきた。しかし、近日公開の教授資格請求論文(Habilitation)は詐欺罪に関するものであり、また、最近は医事刑法にも深い関わりを持っている。次に紹介するPuschke(プシュケ)氏もそうだが、ドイツでは刑法と刑事訴訟法(さらには刑事政策)の垣根が低く、1人の研究者が両方の授業を担当したり、論文を執筆するというのが通常である3。授業参観自体は出張の主要目的ではなかったが、多大なる刺激を受けてしまった。授業終了後に食事に招待され、その際に傷害罪に関する立法の違いや、授業の進め方などについてお話をし、さらに先に触れた僕の問題意識とドイツ判例のいう「総合的監視(Totalüberwachung)」とが、密接に関係するものであることなどを確かめる質問をした。この点は、むしろプシュケさんのところと重複するので、そこで話すことにしたい。

Jens Puschke博士/Philips-Universität Marburg(フィリップ大学マーブルク)
 本出張の用務最終日の夕方、マーブルクにあるフィリップ大学マーブルク(以下、「マーブルク大学」とする)で、プシュケさんと面会しインタビューをする機会を得た。プシュケさんもほぼ僕と同い年で、数ヶ月前まではドイツ南西に位置するフライブルク(Freiburg/バーデン・ビュルテンブルク州)の大学にいたが、この学期はマーブルクで教職に就いているとのことだった。現在は私講師(Privat Dozent)であり、これから教授資格請求論文を公表し正教授の職に就くことになるため、日本でいうと准教授のようなポストなのではないかと思う4。プシュケさんは、一人の被疑者に対して複数の情報収集措置が次々と実施されるような場合の問題について博士論文5を公表されている。プシュケさんとお会いするのはこれが初めての機会だったのでものすごく緊張したが、カジュアルでとてもいい人だった。ここまで書いてくると、僕が何不自由なくドイツ語を使いこなし、当地の研究者と対等に議論をしているようなイメージを持たれるかもしれないが、もしそうだとすればそのイメージは是非捨て去っていただきたい。実際には、言われていることのほんの数十パーセントが理解でき、仕方がないので改めて "Ja=Yes"か"Nein=No"の回答がくるように質問をし直すという作業が続く。とてもじゃないけど、「あなたはどうお考えですか?」などと質問してはいけない。そうすると、到底理解できないレベルと量のドイツ語が先方の口から溢れ出てくることになってしまう...。というわけで、今回はあらかじめメールで質問票を送付しており、ドイツ到着後にこれに対する大まかな回答は得ていた。それを元に、暇な時間にパワー・ポイントを起こして詳細な質問を行う準備をし、ドイツ判例とプシュケさんの見解に対する僕の理解が間違っていないか細かなチェックをした(具体的な話の内容については、近日公表予定の「総合的監視に関する予備的考察」熊本法学136号および今後の公表論文に委ねることにしたい)。基本的に僕とプシュケさんの見解は非常に近く、また僕の理解自体も間違っていないということが確認できたので、それ自体成果があったといっていいのだろうと思う。しかし、それ以上に、今後の研究協力を取り付けることができ、「いつでも質問して欲しいし、いつでも来てくれ」といわれたのが何よりの成果だったと思う。
 最後に、前述のV事件について話題を振ってみた。24時間監視、ゴミの回収、裁判官の命令・許可なく実施・・・・・どうなのか?プシュケさんは、監視が住居外でのものに止まるか、住居内も監視していたのかが、適法か違法かを分ける大きな違いになると思うとおっしゃっていた。ただし、もし通信傍受(盗聴)や行動監視時の写真・動画の撮影が合わせて行われていたら、それは総合的監視にあたり違法じゃないか(ドイツでは)とのこと。ただし、これはゲーデさんも関連することをいっていたのだが、そもそもドイツでは一定期間を超える比較的長期の行動監視(例えば2日以上)を実施する場合、原則として裁判官の命令が必要となる(ドイツ刑事訴訟法163条「長期的監視」)。それは、たとえGPSやカメラ等の科学技術的手段を用いない目視による尾行の場合でも、である。そうすると、仮にVさんの携帯電話等の盗聴が実施されていなかったとしても、ドイツであれば裁判官の判断なしに行動監視を実施すること自体が許されない。
 質問終了後にプシュケさんたちと近くのレストランで食事をした。学期末ということもあり、翌日から2日間(土日)、朝9時から夕方までみっちり刑法の補習コマを担当するとのことだったが、遅くまでお付き合いいただいた。どんな日本人がくるのか興味もあったのだろう。とにかくよくしていただいた。

 今回の旅ではゲッティンゲンで早朝近くまで飲んでしまい、帰りに酔っ払いに追いかけられたり、ホテルから締め出しを食らいそうにもなったが、大きなミスなくまぁまぁ自分の能力なりのことができたのではないだろうか。何れにしても、これからの仕事次第で今回の出会いの意義が変わってくるのだろう。

 帰国便を待つ間、1年前師匠に言われたことをふと思い出した。
  "君たちには比較法を大事にして欲しい。今は日本にいながらにして外国のことを知ることができ、
 資料等を使って論文を書くことができる。ただ、最近はそうやって知ったことをすぐに論文にしようと
 する人も多い。しかし、多くはつまみ食いになってしまっていて、やはり実際にはその国に行ってみ
 ないと分からないことが多い。腰を据えた比較法研究をぜひやって欲しいが、そのためには少なく
 とも1年、できれば2年は留学をしないと無理だ。"
 だいたいこういう内容だったと記憶している。振り返ってみると、自分自身「ドイツでは、云々」といった内容のものばかり書いているが、その多くは知ったことをすぐに活字にしたものなのではないかと怖くなってしまう。数年来訪問調査は続けてきたが、やはりこのスタイルでのドイツ調査は、もう限界なのではないか・・・。
 気がついたらもう40代、なんとか「腰を据えてドイツ研究をできる環境」に身を置きたいと感じた旅でもあった。
 
 今回の旅行では、プシュケさんを紹介していただく際、土井和重先生、Ken Eckstein先生には大変お世話になりました。また、資料収集のご協力およびドイツの情報提供を頂いた嘉門優先生にも、遅くまでお付き合いいただき大変お世話になりました。この場を借りて感謝申し上げます。

Lieber Karsten,
Ich habe mich sehr gefreut, Dich in Hamburg wieder zu treffen! Vielen vielen Dank für Deine Einladung in Deine Vorlesung und zum Franziskaner!

Lieber Jens,
Ich möchte mich noch einmal für Deine Freundlichkeit bedanken! Mein erster Besuch in Marburg war dank Eurer Mühen sehr schön. Kommt mich doch einmal in Japan besuchen, Ihr seid immer willkommen!

Hiromi Naito

内藤 大海(ないとう・ひろみ)

 

*1 私学で、かつ法律単科大学。いずれもドイツでは極めて珍しい。
*2  Fairness als Teilhabe - Das Recht auf konkrete und wirksame Teilhabe durch Verteidigung gemäß Art. 6 EMRK, 2006/関与という公正性―ヨーロッパ人権条約6条に基づく防御側による具体的かつ実効的関与に関する権利、2006年。
*3 そのため、博士論文と教授資格請求論文は刑法と刑事訴訟法とでそれぞれ異なる領域のテーマについて執筆しなければならないことになっているようである。
*4 ただし、任期付のようだ。この辺りのキャリアの積み方は日本とドイツとでは多少違いがある。
*5 Die kumulative Anordnung von Informationsbeschaffungsmaßnahmen im Rahmen der Strafverfolgung - Eine Untersuchung unter rechtlichen, rechtstatsächlichen und kriminologischen Aspekten, 2005/刑事訴追領域における情報収集処分の累積的命令―法的、法事実的そして犯罪学的な側面からの研究、2005年。


☆現地での写真はこちらをご覧ください。
Göttingen-Hamburg.pdf
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