研究業績

ハンセン病問題と憲法尊重擁護義務

著者:德永達哉(熊本大学法学部准教授)
概要掲載誌:法律時報第92巻第11号78~83頁(2020年10月)

 

 本稿は、新型ウィルスによる感染症が社会に大きな影響を与え、感染への「恐れ」が高まる状況に対し、いかに化学が進歩しようと、情報不足(例えば、感染症と致死率の関係、感染率の高さ、人体への後遺症などの情報不足)ゆえの「恐怖」によって引き起こされる人間の反射的な防衛措置が、ときに憲法が許容する必要最小限度の範囲を逸脱する過剰な制約を生み出すものとして機能するという法の結果を警戒的に論じるものである。そして、そのような国家の逸脱に対抗し得る憲法保障の在り方を検討したものである。

 具体的には、ハンセン病隔離政策が偏見と差別を生み出した事実に対し、過去への悔悟と反省の念を込めて、国家による差別を審理した「菊池事件国家賠償訴訟判決(熊本地裁令和2年2月26日判決)」を素材に、日本国憲法第99条憲法尊重擁護義務から導かれる国家の自浄作用について論じている。また、最高裁の「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査報告書」が、当時から世間に蔓延していた偏見を裁判所も抱いていた事実を認め、差別を引き起こした裁判所の責任を調査報告書が認定したこと、そして、熊本地裁判決が、ハンセン病差別を引き起こした国の隔離政策が違憲であったと宣言したことを踏まえ、これらが、尊重擁護義務によって導かれる国家の自浄作用が具体的に機能したものであり、憲法保障が具体化したモデルであることを論じている。

 本稿を通じ、新たな憲法学的視座の獲得に繋がれば幸いである。それは、国家の自浄作用を実現する憲法保障の在り方において、次なる課題と呼べる再審請求に対する視座の設定である。偏見に基づく差別が国家に存在していたことを理由に違憲と判断された裁判に対する再審請求に関し、尊重すべき憲法価値(基本的人権、公正な裁判を受ける権利など)を実現し得る裁量権を手にしながらも、それを行使しない状態について、その権限を放置し続けることは尊重擁護義務に反する違憲状態を引き起こす、あるいは、そういったことに通じるのではないかとの問題意識を論じることのできる法的視座の獲得である。今後、どのような自浄作用が発揮されるのか、その動静を注視したい。

(德永達哉)

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