シンポジウム・セミナー

第4回実践社会科学研究会(2024年1月24日開催)

第4回実践社会科学研究会を下記のように開催しました。

日時:2024年1月24日(水)16時25分~17時55分
場所:熊本大学文法棟2階研究会室2
報告者:德永達哉(熊本大学大学院人文社会科学研究部(法学系)准教授)
報告題:実践社会科学としての憲法解釈のゆくえ~平和のうちに生きる権利から平穏に暮らす権利を解釈する

概要

本報告は、ハンセン病国家賠償訴訟判決(熊本地方裁判所平成13年5月11日判決)をうけ制定に至った、「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律(平成二十年法律第八十二号)」に示された「良好かつ平穏な生活を営むことができるようにするため」の権利について、憲法13条の幸福追求権とその解釈の指針である前文の平和的生存権を通じた憲法解釈を試みたものである。

雑感

 熊本地方裁判所は、2019年6月28日のハンセン病家族訴訟判決において憲法13条の人格権を根拠条文とする「平穏に暮らす」権利が存在することを認定した。他方で、最高裁判所は、2022年9月16日、石木ダム事業工事続行差止請求訴訟取消請求訴訟で、工事により住み慣れた土地で暮らす「平穏生活権」が侵害されたとして事業の工事の差し止めを求めた住民らの上告を棄却する決定を下した。一審の長崎地方裁判所佐世保支部は「平穏に暮らす」という権利は「抽象的で不明確」と判断し、福岡高裁も最高裁もこの判断を追認する形となった。「平穏に暮らす権利」という憲法解釈はいかにして可能なのか。

 憲法13条の「幸福追求権」は、具体的な権利として人格的生存に不可欠となる権利を保障しており、そこから「平穏に暮らす権利」を導き出すことができるという報告者の見解は無理なく理解することができた。他方、憲法前文にある「平和のうちに生存する権利」から「平穏に暮らす権利」を導き出せるのかどうかは十分な確証を得ることができなかった。

 ところで、政治学者として興味を抱いたのは、「平穏に暮らす権利」はハンセン病問題とその訴訟運動から形成されたという指摘である。2001年の熊本地方裁判所のハンセン病国家賠償訴訟判決は、憲法13条が保障する権利(幸福追求権)の侵害を認定したが、2019年のハンセン病家族訴訟では「平穏に暮らす権利」の侵害が認定された。裁判官の判断に相違が生まれたのはなぜか、原告団・弁護団の訴訟運動はどのように展開されたのか、興味をかき立てる研究会であった。

(土肥勲嗣)