地域紛争予防・解決部門

令和5(2023)年度 人吉農芸学院における法教育の報告

 本センター所属の岡田行雄教授は「人吉農芸学院との教育及び学術研究に係る連携協定に基づく取組み」として、令和5年度も3回にわたり、人吉農芸学院在院者への法教育を実施しました。ここで報告いたします。

 * 本センターと人吉農芸学院様との協定については次のページをご覧ください。
 https://www.law.kumamoto-u.ac.jp/lperc/news/2022/04/2022430.html


【第1回】令和5(2023)年6月6日

 2023年6月6日13時20分から、人吉農芸学院に在院する約40名の在院者に対して、「大切なことは何? 人吉農芸学院法教育プロジェクト~その1」と題した講義を行いました。その内容は、次のようなものです。

 人はそれぞれ嫌なことや好きなことがあって、ある人が好きなことを他人に押し付けると、他人にとって嫌なことになる場合もあり、好きなことばかりをやり続けると、飽きてしまい、それが嫌なことに変わることもあります。

 他方で、人にとって大切なことは何かを考えると、多少の違いはあっても、大切なことはどんな人にとっても共通していることが多いことがわかります。

 人は独りでは生きていけません。色んな人とおつきあいしながら生きていかねばなりません。ある人にとって嫌いなことをする人とも出会ってしまいます。そうした人ともお付き合いしながら生きていくためには、共通の大切なものを守ることが必要になります。

 共通な大切なものの例として、人が生まれてから殺されることなく生きること、お金や物を奪われないこと、健康で文化的な生活ができること、好きな住居や仕事を選べること、言いたいことが言えることなどがあります。これらは、日本国憲法によって私たちに生まれながらに保障されているものなのです。

 これらの基本的人権は、義務を果たした者だけが保障されるわけではありません。赤ちゃんは義務を果たさなくとも、周りの大人から大切に育てられるのですから。従って、基本的人権保障が先で、義務を果たせるようになるのが後なのです。

 しかし、憲法が定める理想と、現実との間には大きなズレがあります。それを踏まえて、皆さんはどうしたら良いでしょうか?これを次回は一緒に考えましょう。

 以上の内容の講義について、在院者の皆さんから、どうやったら社会の中で、暴力団に近い人たちの集まりから抜けられるのか、などの切実な質問をいただきました。

 講義終了後は、人吉農芸学院で在院者の教育に従事していらっしゃる法務教官の皆さんとも活発な意見交換を行うことができました。

 今後も、この法教育プロジェクトをさらに発展させていきたいと思います。

【第2回】令和5(2023)年11月22日

 2023年11月22日13時20分から、人吉農芸学院に在院する約40名の在院者に対して、「大切なことはどうやって守られる? 人吉農芸学院法教育プロジェクト~その2」と題した講義を行いました。その内容は、次のようなものです。

 前回は、大事なことは共通していて、この共通の大事なことを国に守らせるのが憲法であって、みなさんが義務を守るより先に、この大事なことが守られなければなりません。しかし、憲法が掲げる理想と現実とがズレているときにどうしたら良いかを考えましょうとまとめました。

 今回は、この憲法が、私たちの生命、自由、財産等の基本的人権を国に守らせようとする仕組みからお話から始めました。

 憲法には、刑事手続が適正なものでなければならず、そのために黙秘権などのように大事な人権が保障されねばならない定められています。そして、公務員は、この憲法を守らなければならないのです(憲法99条)。それでは、どうやって総理大臣や国会議員を始め、少年院の法務教官も含めた公務員に、憲法を守らせれば良いのでしょうか?

 そのための重要の方法が、憲法を守らない公務員を辞めさせることです。公務員を選び、辞めさせることは、国民固有の権利として、憲法で保障されています(15条)。その具体的な方法が国会議員や都道府県知事などの選挙なのです。行政機関のトップである総理大臣は、選挙では選べませんが、この総理大臣のままでは選挙で落選すると考えた国会議員が多数になれば、総理大臣が辞任しなければならなくなるのです。

 警察官や検察官も選挙で選ばれるわけではありませんが、こうした公務員を監督する公務員が選挙で選ばれる仕組みになっています。憲法を守らせる、選挙で選ばれた公務員は、憲法を守らない他の公務員を懲戒することができるのです。

 公務員に憲法を守らせるために、選挙はとても大切な役割を果たすのです。18歳以上の国民には選挙権があります。少年院にいても、選挙の投票はできるのです。

 しかし、禁錮以上の刑で服役している場合は、投票できません。投票するには、禁錮以上の刑で刑務所に服役しないようにすることが重要なのです。ということは、犯罪をせずに生活できるようになることが重要ということになります。

 それでは、どうしたら社会の中で罪を犯さずに生活ができるのでしょうか?これを次回は一緒に考えましょう。

 以上の内容の講義に際して、在院者の皆さんから、天皇が罪を犯したらどう扱われるのかという難しい問いや、少年院に入っていた者でも少年院の法務教官になれるのかといった問いをいただきました。

 後日頂戴した在院者の皆さんからの感想では、難しい内容だったが、国家権力を「ライオン」を例えたのはわかりやすかったとの評価も頂戴しました。

 今後も、この法教育プロジェクトをさらに発展させていきたいと思います。

【第3回】令和6(2024)年3月14日

 2024年3月14日13時20分から、人吉農芸学院に在院する約40名の在院者に対して、「法を守るにはどうしたらいい? 人吉農芸学院法教育プロジェクト~その3」と題した講義を行いました。その内容は、次のようなものです。

 前回は、憲法に定められている大事なことを公務員は守る義務があり、それに違反する公務員を辞めさせる手段の一つとして選挙があり、選挙が重要な役割を果たすが、投票するためには、罪を犯さないで済むようにする必要があるというお話をしました。

 それでは、どうしたら罪を犯さないで済むのでしょうか?

 人が罪を犯してしまう背景の一つとして、他人から攻撃ばかりを受けて、誰からも愛情を注いでもらえなかったことを挙げることができます。

 実は、どんな人でも色々なつまずきや失敗を繰り返しながら成長します。なぜ、つまずいても立ち上がれるのかといえば、まわりの人が励ましたり、支えてくれたりするからです。

 被害を受けてもそれを乗り越えてきた人たちは、被害の痛みを忘れさせてくれるような支援や励ましをたまたま受けてきた人たちだと言えます。

 被害を訴えて、支援や励ましを得られたことは、一種の成功体験とも言えます。人はこうした成功体験を積み重ねていく中で、信頼できる人を見つけて、被害を受けて、つまずいたとしても、次に挑戦ができるようになるのです。

 信頼できる人を次々と見つけることができると、信頼できる人のデータが積み重ねられていきます。こうして、人はみな誰かを信頼し、つながりながら生きているのです。

 人にはみな長所があります。この長所は短所の裏返しです。騒がしい人は明るい人でもあるのです。一つのことに集中できない人は、色んな事に関心を持つ人でもあるのです。

 こうした長所を伸ばすと、困ったときに、信頼できる人が助けてくれやすくなります。犯罪を繰り返した後に、そこから遠ざかった人たちは、他人から認められ、自分に自信を持てるようになった人たちであることも研究によって示されています。他人だけでなく、自分で自分を信頼できるようになることも、とても大切なのです。

 長所を伸ばして、他人の力を借りながらもピンチを乗り越えられるようになれば、法律に違反せずに済むようになります。信頼できる人は、法律に違反せずともピンチを乗り越える方法を一緒に見つけてくれるのです。

 法律を守って生きている人たちは、こうして、法律や制度、さらには公的機関を信頼しているのです。

 もちろん、法律や裁判も人が作った制度ですから、完璧ではありません。法律や制度には限界もありますが、これをどうやって乗り越えて、みんなが気持ちよく生きていける社会にしていくかを一緒に考えていきませんか?

 以上の内容の講義に際して、在院者の皆さんからは、少年院を出た者の再犯率と、刑務所を出た者の再犯率に違いはあるのかなどの鋭い質問がありました。

 後日いただいた在院者の皆さんからの感想では、少年院を出た直後にお金に困ったときに保護観察所に頼ったら、帰住先までの旅費を手当てしてもらえることを初めて知ったなどの嬉しいものも頂戴しました。

 今年度の法教育プロジェクトはこれで終了ですが、来年度は、これをさらに発展させていきたいと思います。

岡田行雄

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