学生リレーエッセイ

2018.01.12  <学生K>

 高校生の皆さん、あけましておめでとうございます。本年もよろしくおねがいいたします。法学部1年のKです。
 早いもので熊本大学に入学してから9ヶ月が経ちました。1月ともなりますと、私に限らず多くの新入生が学生生活に慣れ、自分の時間をもつことができるようになっていると思います。講義にレポート、部活にサークル、そして、恋にバイトと忙しくも充実した学生生活を送っていることと思います。
 ところで、私が大学生になって一番驚いたことは「自由な時間」が意外と豊富にあるということでした(笑)。授業カリキュラムの都合、そのうちの何時間かは自学(例えば、課題レポートのための調査など)にもっていかれるのですが、それでも「自由な時間」というものがあります。みなさんであれば、その時間をどのように過ごしますか?
 私の場合、「自由な時間」は趣味のために使っています。私の趣味といえば、ギターを弾いたり、パソコンを分解し組み立てたり、運動したり、読書をしたりと多岐にわたり、友人にも「多趣味だねぇ!」と言われます。そんな私の一番のお気に入りは読書の時間で、「自由な時間」の多くを読書に費やしています。そこで、今回は、私が考える読書の魅力について少しお話します。
 さて、読書に関して驚くべきデータがあります。文化庁が公表したデータ(「平成 25 年度『国語に関する世論調査』の結果の概要」の<問 10>「1か月に読む本の冊数について」)によれば、全国 16 歳以上の男女のうちで1ヶ月に本を全く読まないと答えた人の割合は47.5%で、年齢別でみると16歳から19歳までが42.7%、20 代が40.5%と、過去のデータとの比較にもおいても日本人の活字離れが進んでいる現状にあることが指摘されています。
 街の書店や図書館に行くだけで、無限大の可能性を秘めた書物を手に取ることができる日本において、この現状は勿体無いことだと感じました。
 私が思うに、書物を読むことで得られるメリットとして、「情報を認識できるようになる」ということがあげられると思います。現在の社会では、あらゆる情報がインターネット、とりわけツイッターやSNSを通じて溢れています。書物によらなくても、「ネットで調べれば認識できるじゃん!」と思う方もいらっしゃると思います。しかし、それは、私が考えている「認識」の意味とは少し異なります。私がいう「認識」とは「判断」の意を含みます。そもそも人間の「認識」は既存の知識と情報とを結びつけることで成立します。この意味で、未知の情報を「認識」することはできません。すなわち、「認識」とは、ある対象について何事かを断定する思考作用を意味し、物事をはっきりと見分け、「判断」するという思考過程を意味すると考えます。
 そして、私は、溢れる情報の中から、自身に必要かつ正しい情報を見分けるため必要となる「判断」材料を本から豊富に得られると考えています。近頃はデマ(フェイク・ニュースなど)が広がりやすい社会になったと耳にします。その原因の一つとして、情報を正確に「認識」できていないことがあげられるのではないでしょうか。その点からも、本を読むことの意義が指摘できます。未知の領域であった法学を学びはじめた私にとって、読書はローリスク・ハイリターンの投資となっています。最近では、電子書籍が普及して簡単に本が手に入る時代となりましたので、皆さんも是非、読書を楽しんでください。もちろん、「がり勉」的に本を読んで勉強しろという話しではありません!あくまでも趣味の話しですので、読みたくなったときに本を手にすることが一番だと思います。ちなみに、私の最近のお気に入りは、筒井康隆さんの『笑うな』(新潮文庫、1980年)です。他にも森見登美彦さんの『恋文の技術』(ポプラ文庫、2011年)もお気に入りで、全ての物語が手紙だけを通して進むので新しさを感じます。
 まもなく、学生は定期試験を、受験生はセンターを迎えます。それが過ぎれば春休みです。もしも、「何か読みたいなぁ」と思ったときに、このエッセイを思い出していただき、誰かの読書のきっかけになればなと思います。