学生・教員リレーエッセイ

2017.10.03  <教員 T(2017年10月3日)>

 大学生になったばかりの頃、講義で唐突に登場してくる哲学者や思想家について、少しでも知識を増やそうと古本屋を何軒も訪ね歩き、岩波の文庫シリーズを買い集めていた記憶があります。そうしたなか、社会学の根本概念を理解すべく、マックス・ウェーバーの著作をいくつか手に入れたときのお話しです。
 梶山力・大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神(上)』(岩波、1955年)を読み進めるなかで、いくつもの地名や人名がでてくるのですが、そのたびに地図や事典で確認し、その土地の風土を想像しながら文脈を読み解いていた記憶があります。そのなかでも、印象深かった地名に、ハンブルクとウッペルタールという地名がありました。
 著書のなかで、ハンブルクは「先祖伝来の商業財産を持つ......上流紳士」が住まう街として記されておりました。私が大学生の頃は、携帯電話もインターネットもありませんでしたので、どんな人々が住まうどんな街なのかと、辞書を片手に勝手に想像をしながら本を読み進めておりました。そのようなわけで、いつかは、現地を訪れてみたいものだなと思っておりました。
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 今年の夏に、念願叶ってハンブルクへと行くことができました。ハンブルクは、ドイツ北部の港湾都市で、正式名称は「自由ハンザ都市ハンブルク」です。上の写真は、主に当時の交易の拠点街を散策したときのものです。ハンブルクは、コーヒーと絨毯の取引を中心とする貿易都市だったそうです。私の場合、「上流紳士」と聞くと、紅茶とかシルクハットのいでたちとか街並みとか(前回のエッセイのお城など)を想像しがちでして、運河から、直接、荷を出し入れするために設計された1907年頃から続く街の全体像に、「港湾都市」、「商業都市」だったのだなと認識をあらたにしました。
 さて、もう一つ著書のなかで気になっていたのが、ウッペルタールです。こちらについては、また、別の機会にお話しするとして、著書のなかでは、資本主義の精神の発達が促進された特別な街として記されていました。ところが、当時、ウッペルタールという地名を地図で探しても見つけ出すことが全くできませんでした。もしや人名なのではと、頭を悩ませましたが、結局、見つけ出すことはできませんでした。著書のなかでは、例えば、イギリスの都市であるリヴァプールとドイツの都市であるハンブルクが併記されたり、地名かと思えば実は人名ということも多々あったりと、本文も「......とくにウッペルタールについても、比較してみれば解るであろう。スコットランドに関してはバックルを始めとして、イギリスの詩人のうちとくにキーツが......」といった具合で、ウッペルタールって「なに?」と頭を悩ませておりました。その後、ずいぶんと時間がたってからのことです。大塚久雄の改訳版『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波、1989年)を読み直していたとき、ウッペルタールの表記は消えてなくなりエンゲルスの生家のある有名な街の名「Wuppertal」の新しい訳語に改変されていたことに気がつき私の謎は解けました。ドイツ語の発音って難しいですね。
 今回、書物のなかで何度も訪れていた風景のなかに実際に立つことができ、現地の空気を胸いっぱいに吸い込むことができて、いいしえぬ感激を味わうことができました。旅って本当にいいものですね。
 読書の秋です。スポーツの秋です。皆さんも、本のなかで想像の旅を楽しみ、そしてまた、外へと飛びだして、見聞を広めてください。夏休みを終え、後期がはじまり、学祭を経て、暮れをむかえるまでの期間は、大学生にとっての黄金期だと思います。大学生の皆さん。大学生活を大いに堪能してください。高校生の皆さん、大学生がひときわ輝く大学祭に、是非、遊びに来てください。楽しいですよ。