学生・教員リレーエッセイ

2019.09.01  <教員T(2019年9月1日)>

 8月の大雨により被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。一日も早くいつもどおりの生活にもどられますようお祈り申し上げます。
 今年は、7月に法学フェスを開催し、現役大学生との交流からパンフレットだけでは得られない熊大法学部の魅力を感じてもらうイベントを行いました。大学生との交流を前面に打ち出すというはじめての取り組みでしたが結果は大盛況でした。また、8月のオープンキャンパスにも多く高校生が参加してくれました。大学生との交流が熊大法学部を選ぶきっかけになればと願うばかりです。
 さて、皆さんは、大学や学部を選ぶときには何を重視していますか。きっと様々な情報を参考にしていることと思います。皆さんが思い悩むその瞬間に、できれば、「興味」を抱いたテーマを探求したいという向学心も含めてもらえればと願っています。
 「興味」という言葉を辞書で調べてみると、「物事にひきつけられること、おもしろいと感ずること」などと説明されています。
 私は、法学が、とりわけ人権論・自由論が「おもしろい」と思っているのですが、その「おもしろさ」をどうすれば伝えることができるのかと考えたとき、その表現の難しさに頭を悩ませています。自身が感じる「おもしろさ」に共感を抱いてもらえるように表現する手法にはどんなものがあるのだろうか、自由な表現を通じた思想交換を可能とする真に有効な手段とは一体どんなものとなるのだろうかと思い悩んだりしています。
 確かに「言葉(verbal)」は有効です。しかし、「言葉」だけですべてを伝えているわけではありません。人は、「言葉」以外の態度や状況から、その場面を「理解」し、コミュニケーションを成立させています。
 今日、コミュニケーションに基づく相互理解の力は当然のスキルとして求められています。相手を思いやる心は「当たり前」のこととして言わずもがなでコミュニケーション・スキルの必須とされています。それぞれ場面の文脈を読んだり雰囲気を察したりと言外の「空気」を読むことこそがコミュニケーション・スキルの一つであるとさえ考えられているほどです。
 それこそ、うるんだ瞳で見つめ合うカップルに出くわしたのならば、もはやその結果は言わずもがなであろうといった文学的な考察から、そっとその場を立ち去るといった対応をとることが大人としての「当たり前」の態度と映るのかもしれませんね。
 突然、「どうされました?」などと声をかけるだなんて野暮なのかもしれません。そんなロマンチックな場面理解の仕方もあるかもしれません。しかし、場の空気や雰囲気を読み、言わずもがなで察する能力が本当にコミュニケーション・スキルなのでしょうか、それが状況を「理解する」ということなのでしょうか?本当は都合よく思いたいだけ、或は、そう思い込んでいるだけなのではないでしょうか。
 私たちの周りには「当たり前」と映る事柄が沢山あります。しかし、それらは、本当にそうなのでしょうか。実は「当たり前」でもなんでもなく、むしろ予定調和に流されて同調しいるだけなのではないでしょうか。
 実は、この予定調和に潜む、密やかなる圧迫を感じ取り、その暴力性を解き明かそうとするとき、法学という分野の知識は極めて有効に機能します。私はこの点に法学の「おもしろさ」を感じています。
 想像してみください。例えば、CMやドラマでおなじみの「壁ドン!」です。そんなカップルを目撃したら「あら、仲良しね」と見て見ぬふりをして素通りしてしまいそうですよね、この場合「見て見ぬふり」こそが、大人としての「当たり前」の「空気」を読んだ対応と思ってしまいそうです。でも、これって、本当に、「当たり前」なのでしょうか?
 そもそも、劇中で描かれた誇張表現を実践する人などいるのでしょうか?、「壁ッドォン!」といった、相手に対して強引に接近し耳元近くの壁を強打し、顔を覗きこむといった行為は、マンガで見ればロマンチックなのかもしれませんが、もしも、同じような状況に置かれたならばと自らの問題に置き換えてみてください。とたんにモノの見え方が変わってきます。仮に、女性が瞳をうるませていたとしても、それは、恐怖によるものである可能性のほうが高いかもしれません。そもそも、カップルという受け止め方それ自体が思い込みで、実は、無関係な人が乱暴されているだけなのかもしれません。恋人同士だろうとなんだろうと暴力は明らかな犯罪です。
 古来より、すべての人間に深く関わる重要な「法」において自由を奪う他者からの支配は、絶対的に許されない暴力として位置づけられてきました。身動きがとれない、逆らえないといった状況は、極めて暴力的な状況なのです。もしも、それを「犯罪ですよ」と論理的に説明し、法律問題として構成する思考回路が開かれたならば物事の見え方や立ち振る舞い方が変わってきます。それこそ、何も考えず面白がっていたマンガも、例えば、巨人の★のお父さんは児童虐待防止法に違反していたかもというお話しに、アンパンの彼は適正手続を経ずに私的制裁を加えた乱暴者として刑事訴追されるかもというお話になるのかもしれません。物事の「理」を解きほぐす法学という思考回路を経由すると、ただ漫然と「当たり前」だと思い込んでいた日常が全く別物に見えてくるかもしれませんよ。
 皆さんは、「当たり前」という価値観に対して本当に「自由」でいられていますか?、法学・人権論・自由論・憲法学というフィルターを通してみてみると「当たり前」だと思い込んでいた風景が全く別物として映るかもしれませんよ。いかがでしたでしょうか?法学の「おもしろさ」を伝えることはできたでしょうか?法学部で学び、各分野の「理解」が深まると日常はもっともっと興味深いものになりますよ。
 今、進路を検討している皆さんが、興味関心のもてる分野に出会えることを願っております。そして、このエッセイが法学分野に興味をもつきっかけになれば幸いです。

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