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- 河野 憲一郎(2026年1月7日)
2026.01.07 <河野 憲一郎(2026年1月7日)>
2025年9月16日から18日にかけて、ハンガリーの首都ブダペストに所在するパーズマーニ・ペーテル・カトリック大学(Pázmány Péter Katolikus Egyetem)を表敬訪問した。同大学とは2015年に大学間交流協定を締結し、本年2月に2回目の協定更新を終えたためである。協定の締結および更新を担当した私自身は、2024年10月から2025年9月までサバティカル(研究休暇)中であり、当初はドイツで1年間在外研究を行いながら、ハンガリーにも3週間ほど滞在する予定であった。しかし、国内で単著の出版と博士号取得を完了させる必要が生じた結果、ドイツには合計2か月ほど、ハンガリーにはわずか2泊3日の、いずれも非常に短い滞在となった。
ハンガリーを訪れるのは今回で10回前後になる。いずれも学会・研究会・表敬などの用務による訪問であったため、滞在期間が短いこともありハンガリー語(マジャール語)はほとんど話せないものの、地理にはある程度慣れている。今回はベルリンから空路でブダペストへ向かったが、往復ともウィーン乗り継ぎであったため、午前中にベルリンを発ったにもかかわらず、ホテル到着は夕方になった。
初日は、宿泊先である大学近くのホテルのロビーで、先方の責任者であるヴィクトーリア・ハルシャーギ教授と待ち合わせ、ウクライナ料理店で少し早めの夕食をとりながら、翌日の打ち合わせと雑談を行った。その中で、われわれが最初に会ったのはいつかという話題になり、おそらく2005年にウィーンおよびブダペストで開催された国際訴訟法学会(IAPL)コロキウムの際ではないか、ということになった。この年は私が初めてテニュア職(=任期なしの常勤職)を得た年(当時30歳)であり、初めて海外学会に参加した年でもある。さらに、ヴィクトル・オルバーン首相率いる与党フィデスと、ペーテル・マジャル氏率いるティサ党が2026年の総選挙で争い、政権交代の可能性があることも話題に上った。オルバーン首相は反EU的かつ親ロシア的な姿勢を取っており、私は2018年にスウェーデン・エレブルーで開催された学会(The 18th International Roundtable for Semiotics in Law)の際にもハルシャーギ教授から同様の話を聞いていたため、改めてその長期政権に驚かされた。また、マジャル氏はパーズマーニ・ペーテル・カトリック大学の卒業生であるとのことであった。
2日目は、コマーロミ・ラースロー法学部長を表敬訪問した。日本とハンガリーの大学制度のほか、学部長が法制史の専門家であることから、日本近代法の歴史や日洪両国の違憲審査制度について意見交換を行った。その後、図書館をはじめとする大学内の諸施設を見学し、空き時間にはハルシャーギ教授とともに市内のギュルババ霊廟を訪れた。前述のとおり、ハンガリーには既に10回近く訪問しており、ブダ王宮、漁夫の砦、マーチャーシュ教会といった主要観光地は一通り訪れていたが、この霊廟だけは前々回に行こうとしたものの時間が足りず、途中で引き返していた。
ブダペストはドナウ川を挟んでブダとペシュトの2地区(正確には北側のオーブダを含む3地区)からなる。ブダ側には王宮など著名な建造物が立ち並び、ペシュト側には美しい国会議事堂がそびえる。ギュルババ霊廟はブダ側の中でも、バラの丘(Rózsadomb)と呼ばれる地域に位置し、ここは富裕層の住宅街としても知られている。ギュルババとは、1541年、スレイマン1世率いるオスマン帝国軍がブダを占領した際に同地に到着し、同年に没したと伝えられるベクタシー教団の修道僧である。いつもターバンにバラを挿していたことから、"Gül(バラ)""Baba(父)"と呼ばれたという。この地域が「バラの丘」と呼ばれるのは、一般に彼に由来するとされる。オスマン帝国時代の遺構は、ハンガリー南部のペーチ(Pécs)には比較的まとまって残るが、ブダペストではごく限られている。
夜には、宿泊先近くのレストランで夕食をとりながら、ハルシャーギ教授および国際交流担当副学部長であるラーンツォシュ教授と、熊本大学とパーズマーニ・ペーテル・カトリック大学との今後の交流強化について意見交換を行った。私自身は、市場経済と処分権主義・弁論主義との関係などに関心があるところであるが、交流の間口となるテーマとしては少し狭いかもしれない。少なくとも、お互いの国の歴史と法の関係に立ち返ったものであることは不可欠であろう。以前に翻訳した、ハルシャーギ「『流されるか、それとも流れに逆らうか』 : ハンガリー民事訴訟法への異なった法文化の影響」(https://kumadai.repo.nii.ac.jp/records/28806)を読み返しながら、あれこれと考えているところである。正味3日間の滞在であったが、対話と交流は今も続いている。![]()





